量子応用工学研究室


三重大学 大学院工学研究科機械工学専攻 & 工学部総合工学科機械工学コース

研究内容

量子論の機械工学への応用

ニュートン力学と量子力学

量子力学が誕生して,100年近くが経ちました.そんな中,電気電子における半導体や化学工学における分子軌道法などにおいて,この学問は大きな進展を支えてきました.ところが,機械工学は,依然としてニュートン力学を中心に構成されており,それがさらに発展した解析力学や量子力学を応用することはありませんでした.機械を人の思いの通り設計し操作する機械工学は,力に重きを置くニュートン力学と親和性が良く,それで十分だったのかもしれません. 一方,解析力学や量子力学は,自然の摂理を理解する手段として発展してきましたが,エネルギー的に閉じた系での振る舞いは,人為的な操作を常とする機械工学とは相いれないものでした. しかしながら,これらの3つは決して別々のものではなく,時間を追って前者から後者へと一般化され発展してきた以上, 機械工学入力においても進むべき一つの道であることには疑いはないでしょう.


近年における量子力学の発展

100年の時を経て,近年,量子力学は大きな飛躍を遂げようとしています.その一つは,量子コンピューターに代表される量子論の情報理論への発展であり,もう一つは,マテリアル・インフォマティックに代表される物性計算の広がりです. 前者により,従来,古典コンピューターを中心に発展してきた機械制御(メカトロニクス)や人工知能は,量子情報を用いた発展の可能性が出てきました. また後者により,量子力学を用いて電子の振る舞いを解き明かす第一原理計算は身近なものとなり,世界中のエンジニアが使うツールとなりつつあります.


量子アルゴリズムの制御理論への応用 & 物性論を基礎とする力学現象の理解

そこで当研究室では,前者の観点から,量子アルゴリズムの制御理論への応用を,後者の観点から,物性理論としてはあまり解明されてこなかった力学現象の理解を進めています.これらの研究を通して,機械工学と量子論をつなぐ学問の構築に取り組んでいます.


紹介画像




量子アルゴリズムの制御理論への応用
Control theory along quantum algorithm

量子回路とブロック線図 Quantum circuit and Block diagram

通常,量子アルゴリズムは左から右に流れる音楽の五線譜のような量子回路で書かれます.一方,従来の情報理論は,各操作を矢印でつなぐブロック線図として描かれます.量子アルゴリズムを用いた制御理論は,量子回路で描かれますが,それでは従来の制御屋さんたちに理解してはもらえません.この違いは,前者がエネルギー的に閉じた系内部での状態の遷移(アルゴリズム)を表現するのに対して,後者では,開いた系における外部からの力による状態の遷移を表現することに起因します.


振動操作関数 Vibration manipulation function

そこで,当研究室では,閉じた系内部での量子アルゴリズムにおいて,系を駆動系(制御系)と被駆動系(被制御系)に分けることで,被駆動系(被制御系)を開いた系として外力を出現させ,これにより量子アルゴリズムをブロック線図を用いて表現しています.特に波動関数の振幅(エネルギー)を操作するGroverアルゴリズムに着目し,これを表現する三体衝突振動系を分けることで現れる入力関数**(外力)を振動操作関数Vibration manipulation functionと名付け,駆動系(制御系)と被駆動系(被制御系)の間のエネルギー交換による状態の任意の操作を実現しています.


有限時間整定サンプル値制御 or クローズループを伴った有限時間整定制御 Finite-time settling sampled-data control or Close-loop type finite-time settling control

こうして出来上がった制御は,連続時間制御的には,区分時間ごとに系を目的の状態にするフィードフォワード制御(有限時間整定制御)を毎回区分時間ごとに修正することで得られるクローズループを伴った有限時間整定制御となります.一方,離散時間制御的には,サンプル値制御において,ホールド関数を,従来の0次や1次関数のような単純なものではなく,有限時間整定関数を用いた有限時間整定サンプル値制御とも理解できます.


量子と波動はつながっている Quantum and classical wave are the same

こうしてできた制御は,マクロな振動子に外力を加える従来の制御理論とあまり変わらない形に書けます.これはある意味不思議です.それは,古典的波動である振動の一つ一つのモードが,量子粒子であるフォノンのコヒーレントな集団運動であることと関係していると思われます.結局,古典的な振動は,量子粒子であるフォノンと変わりなく,量子(波動)アルゴリズムが成り立つ存在なのです.量子的な議論を除いて唯一の違いといえば,各操作を状態関数に演算子を掛けることで表されるこの制御は,必然的に有限時間ごとの整定制御となり,無限時間後の安定性を議論する従来の制御理論とは異なる形式を持つこととなります.量子力学というよりは,解析力学的な性質が表れてきたというべきかもしれません.


振動操作関数の応用 Application of vibration manipulation function

以下では,振動操作関数の応用として,天井クレーン・倒立振り子・振り子の振り上げ制御,ロボットアームとフレキシブルアームの制御,歯車とベアリングの損傷解析,衝突振動子のカオス制御,建物の制震・風揺れ制御,人工知能(ニューラルネットワーク)による機械制御,非線形電気回路と無線電力伝送,自動車のアクティブサスペンション,カム曲線の開発,自然発電への応用について説明します.


天井クレーン・倒立振り子・振り子の振り上げ制御 Control of travelling crane, inverse-pendullum and swing-up pendullum

  • 天井クレーンの制御 Control of travelling crane
  • 倒立振り子の制御 Control of inverse-pendullum
  • 振り子の振り上げ制御 Control of swing-up pendullum

ロボットアームとフレキシブルアームの制御 Control of robot arm and flexible arm

  • ロボットアームの制御 Control of robot arm
  • フレキシブルアームの制御 Control of flexible arm

歯車とベアリングの損傷解析

  • 歯車の損傷解析
  • ベアリングの損傷解析

衝突振動子のカオス制御


建物の制震・風揺れ制御

  • 建物の制震制御
  • 建物の風揺れ制御

人工知能(ニューラルネットワーク)による機械制御

  • 人工知能(ニューラルネットワーク)
  • 人工知能(ニューラルネットワーク)による機械制御

非線形電気回路と無線電力伝送

  • 非線形電気回路
  • 無線電力伝送

自動車のアクティブサスペンション Control of active suspension in automobile

  • 上下振動のアクティブサスペンション
  • ローリングのアクティブサスペンション

カム曲線の開発

  • 弁バネのサージングを防止するカム曲線の開発
  • 制振カム曲線の開発

自然発電への応用

  • 洋上風力発電のネガティブダンピングの抑制
  • ビルによる風力発電

ニュートン力学と解析・量子力学




物性論を基礎とする力学現象の理解
Physical properties of strength of material

造敏感な性質と構造鈍感な性質 Structure sensitive property and structure unsensitive property

なぜ固体は形を保っているのでしょうか?どうして材料は大きな荷重に耐え,構造物を支えるのでしょうか?またどうして降伏応力は,熱処理や加工によって大きく変化するのでしょうか?機械工学において機械の強度設計は大変重要な分野ですが,材料の強度を決める体積弾性率や降伏応力といった力学物性値は,測定値を材料パラメーターとして与えるものに過ぎませんでした. これらの性質のうち,材料の加工や熱処理等の履歴によってあまり変化しない体積弾性率のような構造鈍感な性質は,自由電子論によって簡単に説明できてきました.一方,材料の加工や熱処理等の履歴によって大きく変化する降伏応力のような構造敏感な性質は,物性論的な説明があまりなさせてきませんでした.


結晶欠陥が生む構造敏感性 Structure sensitive property from crystal defects

降伏応力等に代表される材料の構造敏感な性質は,転位等の結晶欠陥の振る舞いが生むことが知られています.転位等の結晶欠陥は,その量が塑性変形等の加工によって増加し,またこれをピン止めする機構も,熱処理等によって変化することから,その力学物性は履歴によって大きく変化します. 一方,第一原理計算に代表される電子論の計算は,完全結晶,もしくは短い短距離周期性を持つ欠陥しか取り扱うことはできず,大きな範囲に複雑に絡み合った欠陥の存在する材料の力学物性をこれらの理論によって説明することはできませんでした.ここに新たなアイディアを載せて,理論的解明を進めることが,研究目標の一つですが,解決には時間が掛かりそうであり,長期戦を覚悟しています.


鉄鋼材料の力学物性の不思議さと磁性 Mechanical and magnetic properties of steel alloy

他方,構造材で最も多用される鉄鋼材料は,広い弾性領域と明確な降伏点や多彩な相変態の存在から,他とは異なる特異な力学物性を示す材料です.この特異な性質の起源の多くは,強磁性的な性質に由来することが知られています. 磁性は電子のスピンや軌道角運動量に由来する量子力学的な現象であることから,降伏現象を生む転位との相互作用も量子力学的な理解が必要となり,こうした観点から力学物性を解明していく必要があります..


実験による鉄系材料の特異な力学物性の解明 Experimental research to understand the above properties

計算や理論による解明が難しいことから,本研究室では,鉄鋼を中心とした材料の力学的現象の特質を明らかにする実験を数多く行っています.これにより,特に転位と磁壁の相互作用を解明する端緒を与えられればと考えています.


機械工学に関する現象の物理的理解 Research on other mechanical phenomena

以下では,物性論を基礎とする力学現象の研究の例として,非履歴残留磁化法による付加塑性変形の評価,擬弾性現象に見られる転位の弱いピン止めの評価,減衰振動に影響する相変態の緩和過程,鋼線のへたり現象の解明,気相合成における高圧相の薄膜生成,破壊の不安定現象の解明を,その他に機械工学に関する現象の物理的理解に関する研究の例として,摩擦におけるスティック―スリップ現象,固体間の接触熱伝達における真実接触点の評価,金属の水素化の研究について説明します.


非履歴残留磁化法による付加塑性変形の評価

  • 付加塑性変形の非破壊検査
  • 塑性変形過程の評価

擬弾性現象に見られる転位の弱いピン止めの評価

  • パーライト鋼線とオーステナイト鋼線の違い
  • 磁化による影響

減衰振動に影響する相変態の緩和過程

  • 相変態の緩和過程
  • 減衰のメカニズム

鋼線のへたり現象の解明

  • パーライト鋼線のへたり現象の解明
  • オーステナイト鋼線のへたり現象の解明

気相合成における高圧相の薄膜生成

  • cBN薄膜
  • DLC薄膜

破壊の不安定現象の解明

  • 一方向破壊における破壊の不安定現象
  • フェーズフィールド法

摩擦におけるスティック―スリップ現象

  • 真実接触点の評価法
  • スティック―スリップ現象における多体振動間のエネルギー移動

固体間の接触熱伝達における真実接触点の評価

  • 光位相差法

金属の水素化の研究

  • 水素吸蔵化装置
  • 金属の水素吸蔵の評価

その他解

量子力学の不思議を伝える Wanders in quantum mechanics

機械工学にのみに限定していると,量子力学自体の不思議さを伝えることはできません.今日,この学問が発見したことは,これまでの哲学や宗教の知識や疑問への糸口と深く関わります.そういった量子力学の不思議さを考え,知ることは,現代に生きる我々にとって,重要だと考えています.